東京高等裁判所 昭和43年(う)695号 判決 1968年10月22日
主文
原判決を破棄する。
被告人を罰金二万円に処する。
右罰金を完納することができない場合は金五百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人原則雄提出の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。
控訴趣意の第一点は、原判決には法令の解釈適用を誤つた違法があると主張する。すなわち、原判決は同判示第一の事実に対し出入国管理令第七十条第五号(以下出入国管理令は単に令、同令施行規則は規則とそれぞれ略称する。)を適用して有罪としたが、令第七十条第五号にいう「在留期間を経過して本邦に残留する者」の中には、法定手続により正規の不服申立を行つている者であつて、最終的に令第四十九条による法務大臣に対する異議申立をなし、その結果がまだ判明していない者を含まないと解すべきところ、被告人は、所定の在留期間更新許可申請を行い、その不許可通知を受けた後不法残留容疑者に対する違反審査に対し適法な不服申立を行い、目下これに対する法務大臣の裁決を待つている状態であるから、原判決が被告人に対し令第七十条第五号を適用して有罪としたのは、右法条の解釈適用を誤つたものであり、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決は破棄を免れないというのである。
よつて、先ず原審の記録並びに当審における事実取調の結果に基づいて、被告人の本邦在留の経過について調査すると、以下の事実が認められる。すなわち、被告人は昭和三十八年四月二十四日本国である中国台湾省より本邦に上陸し、令第四条第一項第六号の資格により一年間の在留を許可されたが、その後二回に亘る在留期間更新許可を得て、旅券に記載された最終の在留期間は昭和四十一年四月二十四日までとなつていたところ、引続き在留を希望して同月十六日に三回目の在留期間更新許可申請を法務大臣宛に提出し、同年六月十三日付で不許可の旨通知されたが、なお引続き在留していたので、同年十一月に至り不法残留の容疑で入国警備官の調査を受け、同月十日身柄を一旦収容されたうえ即日仮放免に付されたが、入国審査官の審査の結果同年十二月二日令第二十四条第四号ロに該当すると認定されたため、即日特別審査官の口頭審理を請求し、同月十六日行われた右口頭審理の結果は前記入国審査官の認定に誤りがないと判定されたので、更に即日右判定に対し法務大臣に令第四十九条第一項による異議の申出をなし、目下これに対する裁決を待つているものであることが認められる。
以上の事実に対し、原判決は、旅券に記載された在留期間の最終日である昭和四十一年四月二十四日の翌日から、被告人が前記のように入国警備官によつて不法残留容疑で一旦身柄を収容された日の前日である同年十一月九日までの間につき、被告人に令第七十条第五号の不法残留の刑責を認め、外国人は旅券に記載された在留期間の末日には出国できるようにしておくべきもので、右在留期間が満了してもなお在留すれば不法残留の罪にあたると解すべきであると判示している。ところで、規則第二十条第一項によれば、在留期間更新許可の申請は在留期間の満了する日の十日前までにしなければならないことと定められているが、右規定はいわゆる訓示規定と解されるので、本件の如く、在留期間満了の十日前を経過した後に提出された在留期間更新許可申請も正式に受理されれば適法な申請と認むべきであるから、これに対する許否は右在留期間満了の十日前までに提出された申請に対してと同様に、在留期間満了日までになさるべきことは疑いのないところであり、入国管理局長の回答によれば実務上も出来る限りそのようになされていることが認められる。
而して在留期間満了後もなお右許否の通知がない場合に、右期間満了後右通知があるまでの在留については如何に解すべきであろうか。思うに、旅券に記載されている在留期間を経過して在留すれば、その在留は法的根拠のないものというべきであるが、在留期間更新が許可された場合には、その時からあらたに在留期間が始まるのではなく、以前の在留期間に引続いて在留期間が定められるのであるから、旧在留期間満了後の在留は遡及して適法な在留となり、その間の在留について不法残留の問題が残る余地はないのである。(原審証人岩本晃は同旨の証言をして居り、これを違法残留の治癒と解してよいであろう)。又若し在留期間更新が不許可とされた場合には、在留期間満了後の在留を、令第七十条第五号に該当する在留であるとされることは一応これを肯認せざるを得ないものといわなければならない。しかしながら、在留期間更新申請が正式に受理された場合にも、その許可が在留期間満了迄になされない場合があり、その場合においては、行政運用上令第三十九条の収容を含む退去強制の手続を差し控えていることは前記回答により明らかであるから、行政運用上も違法残留の治癒されるべきことを考慮して居るものと思料されるのであり、外国人の入国および在留の許否は専ら当該国家の自由裁量により決定しえるものであるといつても、右更新申請に対する許否の通知がなくても、在留期間が満了すれば直ちに出国すべく、その後に及んでなお在留する者は不法残留の廉で刑罰を科せられるというのでは、余りにも右更新申請が正式に受理されたことに伴う申請者の利益を無視した偏頗な取扱いといわなければならない。而して本件において、被告人は元来引続き本邦に在留することを望んでいるものであり、しかも、過去において二度に亘つて在留期間満了後に更新を許可された経験(第一回は在留期間は昭和三十九年四月二十四日までであるところ同月二十日更新申請をなし同年五月四日許可され、第二回は在留期間は同四十年四月二十四日までであるところ同月二十二日更新申請をなし同年五月二十五日許可された。)を有し、当時既に明治大学大学院修士課程を卒業していたからといつて、必ずしもそれまでの令第四条第一項第六号による在留資格に抵触して絶対に在留期間の更新が許される余地がないわけではないから、被告人が右在留期間更新申請が許可されることを期待して、右在留期間経過も引続き在留していたからといつて、強ちこれを不法な態度として非難しえないものがあり、前記の如く六月十三日に更新不許可の通知がなされた後十一月十日に至り初めて収容処分がなされたことは、このことを容認する行政運用と解されるところである。
それ故、被告人の昭和四十一年四月二十四日の在留期間満了後同年六月十三日在留期間更新不許可の通知を受けた日までの在留は、一応令第七十条第五号に該当するが、右在留の動機、目的、態様や右法条の立法目的ないしは法秩序全体の見地から考えて、これを右法条によつて処罰すべき程の実質的な違法性はないものと解するのが相当である。
次に右更新不許可の通知があつたのちの在留について検討するに、その在留は右法条に該当する不法残留であるばかりでなく、実質的な違法性にも欠けるところはなく、右在留につき被告人が前記法条により罪責を負うのは止むをえないところといわなければならない。なるほど、被告人はその後の退去強制手続の過程において、旅券に記載された在留期間を経過して本邦に在留する者である旨の係官の認定に対し逐次不服を申し立て、目下法務大臣の裁決をまつている者であることは、前段認定のとおりであるが、退去強制の手続の過程における不服申立は飽くまでも被告人が強制送還を免れるための手段に過ぎず、右不服申立が容認されたからといつて、旅券に記載された在留期間が訂正されるということはなく、被告人が右期間を経過して本邦に在留している者であるという事実は否定される余地がないのであつて、窮極において被告人が期待している法務大臣の令第五十条による在留特別許可がなされたとしても、それは単に将来に向つてあらたに特別に在留を許可するものであつて、既往の不法在留を合法化するものでないのである。(このことは、伝金泉に対する右許可書写の記載によつても明らかである)。それ故、右法務大臣に対する異議申出中の在留は令第七十条第五号に該当しないとの弁護人の主張は正当でない。
しかしながら、前段説示のとおり、原判決が、被告人の旅券に記載された在留期間の最終日(昭和四十一年四月二十四日)以降在留期間更新不許可通知の日(同年六月十三日)迄の在留につき、令第七十条第五号の不法残留の罪を構成するものと解し有罪としたのは、右法条の解釈適用を誤つたものというべきであり、右誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、この点において論旨は理由がある。
控訴趣意の第二点は、原判決には、刑法第三十五条の解釈を誤り、延いては判決に理由を付さない違法があると主張し、原判決は原審における弁護人の主張を誤解するとともに、右法条の法意を極端に狭義に解釈しようとした結果、その解釈を誤つたものであるというのである。
よつて按ずるに、原判決の刑法第三十五条に基づく弁護人の主張に対する判断は措辞十分ならざる嫌があるが、被告人の本件所為につき右法条に基く違法性阻却事由は認められないとしたことは、結局において正当であるというべきであり、原判決には弁護人の刑事訴訟法第三百三十五条第二項の主張に対する判断を示さない違法も、判決に理由を付さない不法も存在しない。元来、刑法第三十五条は、法文に規定された「法令」または「正当な業務」に基因する行為のみを対象とするものではなく、時によつては、刑罰法上の構成要件該当行為であつて、刑法第三十五条の法令による行為、同法第三十六条の正当防衛、同法第三十七条の緊急避難ないし自救行為の何れにも該当しないけれども、いわゆる超法規的に実質的違法性を阻却する場合をも包含するものであることは、ひとまずこれを肯定するとしても、既に前段説示のとおり、被告人が旅券に定められた在留期間を経過し、右期間更新不許可の通知があつたのちも依然在留したことは令第七十条第五号の罪に該当し、その後退去強制の手続の過程において係官の認定に不服申立を行つているものであるからといつて、被告人の前記の所為が右法条の罪にならないとはいえず、右申立の結果次第で、在留期間更新不許可の通知があつたのち入国警備官の収容の日の前日に至るまでの在留が、適法な在留に転化する余地はもはや存在しないのであるから、所論が、目的手段の合法性と題し、被告人の右不法在留の目的は、法令に定められた正規の不服申立によつて不法在留を正規の在留期間に修正するにあるというのは、これを認めるに由なきものであり、その他記録を調査しても、右不法在留の所為につきいわゆる超法規的な実質的違法性阻却事由を認めることはできない。論旨は理由がない。
これを要するに、前示各論旨のうち令第七十条第五号の解釈適用の誤りについての所論は理由があることに帰するから、刑事訴訟法第三百九十七条、第三百八十条に則つて原判決を破棄したうえ、同法第四百条但書により直ちに判決することとする。
(当裁判所の認定した罪となるべき事実)
被告人は中国人であるが、
第一、その旅券の本邦在留期間は昭和四十一年四月二十四日までと記載されており、その在留期間の更新を申請したのに対し、同年六月十三日法務大臣からこれを許可しない旨通知されたにもかかわらず、同日以降、同年十一月九日までの間東京都新宿区諏訪町百八十六番地に居住し、もつて右在留期間更新不許可通知のあつた後も在留期間を経過して本邦に残留し、第二、(原判決の罪となるべき事実第二と同一であるから、これをここに引用する。)
たものである。
(証拠の標目)(省略)
(法令の適用)
出入国管理令第七十条第五号
外国人登録法第十一条第一項、第十八条第一項第一号
罰金等臨時措置法第二条
刑法第四十五条前段、第四十八条第二項
同法第十八条
刑事訴訟法第百八十一条第一項但書(原審における訴訟費用につき)
(弁護人の主張に対する判断)
控訴の趣意に対する判断として本判決の冒頭に記載したところと同一である。
(無罪部分の説明)
本件公訴事実中、第一の出入国管理令違反の点は、被告人は、中国人で、中国政府発行の旅券を所持するものであるが、その旅券に本邦在留期間は昭和四十一年四月二十四日までと記載されているのに、同日までに出国せず、同年十一月九日まで東京都新宿区諏訪町百八十六番地に居住し、もつて旅券に記載された在留期間を経過して、本邦に残留したものであるというのであるが、被告人の右在留のうち昭和四十一年四月二十四日の翌日から、被告人に在留期間更新不許可通知のあつた同年六月十三日までの部分については、実質的な違法性が認められないから、右犯罪を構成しないものであり、これを無罪とすべきであるが、右は判示第一の出入国管理令違反罪の一部として起訴されたものと認められるから、主文において特に無罪の言渡をしない。
よつて主文のとおり判決する。